越冬

訴えたいことが、ないんです

財布を買った

薄々気がついていたのだが、財布がもう限界なのだった。

濃紺で型押しのしてある財布で、使いやすくカードもいっぱい入って便利なのだが、端が擦れて広範囲に退色してきていた。

やっぱりもう駄目なのか、もうちょっと頑張ってくれんのか。悩みつつ騙し騙し使ってきたのだが、私より遥かに状態の良い美しい財布を使っている友人が「もうこの角が汚れてきちゃって、買い換えようかな」と話すのを聞いて、そうか、世間ではその程度でもう駄目なのか、そしたら私の財布はとっくの昔に駄目だったわ。と諦めがつき、買い換えることにした。

 

世間では若くからブランドの財布を持つ人もいるが、私の財布の歴史は長く安物を使っている歴史だ。

二十代中盤まで、ユニクロで買った黄色のナイロン製財布を使っていた。五百円だったと思う。安かったし、見た感じも安っぽかったが、長いこと使っていた。買ったのは高校生か大学生の頃だったが、ナイロン製なので洗えてしまったので、汚れては洗い、汚れては洗いして使い続けた。何度か友人にまだその財布を使うのかと言われたが、何の不満も無かったので、そのまま使い続けた。

しかしある日、彼氏が財布を見て、とても可哀想な感じで、誕生日にはお財布買ってあげるからねと私に言った。この財布はそんなにいけないのか。友達の忠告はあんまり真剣に聞いていなかったが、買ってまで私の財布を換えさせようという彼氏のその言葉は堪えた。そして、結局財布は買ってくれなかった。

そういうわけで、私はついにナイロン製財布に別れを告げて、新しい財布を買うことにした。やはり大人は革の財布だ、とデパートまで買いに行ったのだが、どれもこれも一万円を越す金額だった。駄目だ、高すぎる。

しかし折良く新年のセール中で、値下げされた財布達がワゴンの中に並べられていた。お値段、三千円。私はそこで、気に入った財布を一つ選び、ついに本革財布デビューを果たしたのだった。五百円の財布が三千円、六倍の価格にジャンプアップである。思い切った買い物だった。そして、財布を変えたら、換えろ換えろと言っていた友人達は誰か気がついて褒めてくれるかと思ったが、誰も何も言わなかった。世知辛い。嫌な世の中である。

革財布は薄い緑色で気に入っていたのだが、あっという間に汚れた。今度はナイロン製でもないので洗うことも出来ない。かなり汚れが目立つまで引っ張ったが、二年後、私は買い替えを余儀なくされた。

そして次も、新春ワゴンセールの中から三千円の財布が選び出された。前回の反省を活かし、薄い色で汚れの目立ちそうな物は避けた。次に選んだのは、黒とグレーの、馬が目をカッと見開いた刺繍が施された財布だった。

その財布は随分長いこと使っていた。色を上手く選んだのが幸いして、汚れは全く目立たなかった。表面の加工も、傷が付きにくくて良かった。しかし、私のセンスに疑問があるのか、私が財布を取り出すと皆、なにその財布。と言って、馬の刺繍をもっと良く見ようとするのだった。なにその財布、なにその財布と言われながら、数年間その財布を使い続けた。

 

そして、馬の刺繍の財布もついにボロくなり、今使っている濃紺型押しの、普通の財布に買い替えたのだ。これは雑貨屋さんに売っていたもので、一万円だった。三千円財布からまたジャンプアップなのだが、そろそろ本当にちゃんとした財布と思って、ついに一万超えの財布を買ってしまったのだった。

前述のように、大変使い易い結構な財布だったのだが、前回の馬の財布のインパクトが強すぎるのか、使い出して随分経ってからも、あれ、貴方の財布そんな財布だったっけ、と驚かれた。実は皆、馬の財布が好きだったのかもしれない。

 

と、いうわけで、また新しい財布を買った。五百円、三千円、一万円と順調にハイパーインフレを経験してきた財布だが、そうそう高い財布を買うことは出来ない。けれど、もうナイロン財布をガサガサ言わせていた歳ではないので、年相応に素敵な財布にも憧れがある。

実は出来心でセリーヌに財布を見に行ったのだけれど、完全に店員に存在を無視された。多分、溢れ出る貧乏人オーラのせいだと思う。もしくは、その日着ていた服がとても安かったからだと思う。店員が丁重に応対したら買ったのかと言えばきっと買っていないが、店員にフルシカトされて、私はしょんぼりと店を後にした。そして結局、13500円の、革の財布を買った。そして、一粒万倍日である11日に、新しい財布を下ろした。

実は、前回の紺色の財布ほど使いやすくない事が早々に判明してしまったが、これから数年間この財布とともに頑張っていこうと思う。