越冬

訴えたいことが、ないんです

読んだ本

『恋日記』内田百閒

内田百閒の若かりし頃、16歳の栄造少年が、親友の妹、堀野清子に恋をして、数年間にわたる、その想いを書き綴った日記。

お前は清さんと鳴く鳥かというほど、清さん清さんと連呼している。清さんは容姿端麗、才女であって血筋も良い、しかし自分は容姿は十人並み、頭も良くなく(と言ってもその後、栄造少年は東京帝大へ進学するので当然非常に優秀なのだが、謙遜である)、血筋は悪くはないが、とても清さんとは釣り合わない、と初めの内は嘆いている。悲嘆に暮れるあまり、無理矢理別の女性に恋をしようとするのだが、やっぱり清さんが一番だ。ああ、清さん、清さん、と栄造少年は悶々としている。しかし、いつの間にやら、清さんこそ私の妻なるべし、清さんの他に女はおらず。などと決めてかかっていて、人の恋というのは実に愉快なものである。

というかこの恋日記は、首尾よく清さんとの恋が成就したら、こんな風に思っていたんだよと清さんに渡して、二人で仲良く読み返そうという、何故かめちゃめちゃ明るい未来を想定して書かれており、悲嘆に暮れていたくせにいい根性をしている、さすが百閒先生である。

そして百閒先生ファンならば何となく知っている、清子夫人の元を離れ、こひさんと同棲を始めた顛末が、百閒先生の次女がどうやらこんな経緯だったようです、と語っているインタビューが載っている。百閒先生ファンとして、清子夫人を棄ててこひさんと生活を始めた先生のことは、微妙な思いがあったが、この文を読んで、救われたような感じがした。